羅 臼 の 地 名      羅臼町の現在の地名は昭和36年のあざ名改正によるものですが、それ以前
                             のほとんどがアイヌ語の地名に漢字を当てはめたものか片仮名書きものでした
                             いつの時代にか、地形をとって知名にしたり、その土地に特色ある植物名をとっ
                             たりしたと考えられます。地名から当時の様子や人の生活の一端を知ることが
          NO1               できるのです。
                        
          町名の「羅臼」は、アイヌ語の「ラウシ」が「ラウス」に転訛したもので、獣や魚の骨臓物が沢山あったところという
        意味から名付けられたと考えられています。
峰 浜 町 知 昭 町
植別(ウエンベツ)  知西別川
 「悪い川」の意味。この川の奥に入ると峡谷にな
り、山歩きをするのに足場の悪いところだったので
そう呼ばれたようです。
チフニウシヘッであれば、舟−木−群生する-川。
チクニフシヘッであれば焚木がそこに群生する川。
焚火にできる木が有ると言う事は、枯れている木が多くあるという
ことになります。知西別川を少しさかのぼって行くと、二抱えの、三
抱えもあるような大きな木の伐り株が有ります。。昔は木もたくさん
あったことでしょう。舟も作れたし、焚木にする為の木も沢山あった
のでしょう。
居間布(オルマップ) 知 松 町  松 法 川
この川の近くに植別神社がありました。
この川の川口の部分が非常な低湿地か、なにかで
常に水に浸っているような川又はこの川にニレの樹
皮か何かをいつも水に浸しておいた説が考えられます
マツノイからマツノリになったのでしょう。
川上に鳥の巣があるという説があります。
マチネには雌鳥という意味がありますが、
どうして雌鳥だけなのか疑問です。
陸志別(ルクシベツ)  オタフク岩
道が川なりに通っている川の意味。現在川、橋に名が
つけられています。
ぷくっとふくらんでいるので「オタフク岩」と名付けられたのでしょう
アイヌ語では「ワタラ」といいます。海中の岩の意味です。
この岩の根元から西側に松法港が出来ました。この道をはさんで
、後ろの丘の上に穴居跡がありました。
幌 萌 町  ソスケ(ソシケイ)
茶志別(チャシウベツ) ソシケは、剥げている、土くずれがして地肌が現れている、またそ
のような崖の意味。イは、時、所、音、物、事などの
意味。現在まで何度か道路が作りかえられていますが、以前この
近辺は幅のせまい小石浜で、すぐに40〜50mの段丘になってい
て道路はその中間の高さにつけられていたそうです。
幌萌町の一部。現在川、橋、沢などにその名がつけら
れています。とりでのある沢の意味。
礼 文
 幌萌(ポロモイ)  礼文知(レブンシラリ)
大きい入り江、湾の意味。幌萌町の語源となった
地名です。戦後、漁家が4戸ほど定住しました。
沖にある岩・海岸の水中にあって汐が引くと現れる岩
盤、、磯の意味。
 ケトンチビラ  飛仁臼(トビニウス)
ケトンチ(皮張枠)のようなビラ(崖)の意味。
ホロモイと春刈古丹の間にある崖。
イタヤ、イタヤカエデがそこに群在しているところの意味
ですが、実際に多かったかどうかは不明です。川は礼
文町の平地の北より山裾を流れています。
トビニウス川の右岸に当たるこの平地に木工場や焼き
場がありました。
春 日 町  立仁臼(タチニウス)
 春刈古丹(シュムカルコタン) 樺の木の皮をとるところ、シラカバの木が群在するところ
の意味。山間を勢い良く流れている小川です。
立仁臼も飛仁臼も古い地図には載っていません。
油(魚の)を取る村の意味。春刈古丹皮は、鮭、鱒、の
上る川です。鮭や鱒を捕らえて油を採ったのでしょう。
明治以前は植別がこの町の中心地で、魚も多く産出
されました。明治になって、春刈古丹が漁の中心地と
なって、明治中期から後期には二階建ての料理屋が
あったということです。
 ホロムイ
大湾、大きな入り江の意味です。礼文町全体が大きな
入り江です。現在使われていません。
江戸時代から明治時代の地図には、ホロムイという出
てきていますが、それ以後は見当たりません。
麻 布 町 本 町・緑 町(羅臼川右岸)富士見町・栄町・船見町(羅臼川左岸)
 於尋麻布(オタズネマップ)  羅臼川(ラウス川)
川口にカンバの木があるものの意味。ヲタッコマフ、オ
タッニオマブ等がなまってオタズネマップとなり、その当
字の於尋麻布をとって読み替えて現在は麻布町となっ
ています。
羅臼町の中心は、羅臼川をはさむこの地域です。
役場、官公署、病院などが集まっていて、ラウスと言えばこの市街
地をさすことが多いようです。ラウスの解釈についてはいろいろあ
ります。ラは腸、ウシは生ずで、川の上流、源の水沼があり、鱒、
鮭が多産して魚の腸が川一面になるのでこの名があるという説。
また、ラに低い所、地下部を食用とする草の葉、翼、粘液などの
意味が考えられるとする説もあります。
町では、獣や魚の骨の沢山あるところの説を採っているようです。
八 木 浜 町 共 栄 町
 立刈臼(タツカリュウス)  スネトビニウス
樺皮をとりつけているところの意味で、この川沿いも樺
の木が多いのです。樺の皮をいつもとったところなの
でしょう。皮は何に使ったんでしょうか。屋根をふいた
のでしょうか。たいまつを作ったんでしょうか。
1本のイタヤカエデの木がある所の意味。
このイタヤカエデの木は、きっと大きくて立派な木だった
のでしょう。
現在では忘れられている地名です。
 八木浜  イコスシマイ
アネシュマ、ヤンゲシマ、ヤンゲハマ、八木浜と変化し
たものと思われます。シュマは石とか岩のことです。
石か岩に関係のある地名だろうと思われます。
現在は浜も山の裾もすっかり宅地化してしまっていま
すが、春松中学校の建つ以前、裏の方に大きな集塊
岩があったそうです。
スシは水浴びという意味を持つ語なので、海岸の波打ち
際を波浪を浴びてびしょぬれになって、通ったか、岸壁の
間の浅いところを選びながらも胸まで浸からなければ通
行できないところだったんでしょう。